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2011年06月16日

福島へ

先週末に福島県南相馬で災害ボランティアをしてきました。
初めてのことでどうしたらいいかあまりよく分からず
結局行き当たりばったりな行動となってしまいましたが
その顛末を記録しておきたいと思い久々にブログの更新です。

いろいろと書いていたら
なんだかものすごい長文になってしまいました。
まとまってないし、誤字脱字もありそうですが
ま、いつものことなのでご勘弁ください。

感想などありましたらtwitterでよろしくです。@muraminex

【準備】
ボランティアは初めて、しかも単独ということで
まずはネットでボランティア募集を調べてみたのですが
最初は何をどうしたらよいのかよく分かりませんでした。
旅行会社のボランティアツアーなるものもありましたが、
なんだか自分には合わない気がしたので却下。
同じように単独で行かれた友人がいたので聞いてみたところ
友人はボランティア団体に登録してあって。
そこは事前の講習とかが必要だったりして、
いきなり思い立って行くような感じではありませんでした。

そうこうして、もうちょっとネットを調べてみたところ
南相馬市で個人のボランティアも受け付けているとのことだったのでこれに決定。
交通手段は深夜バスで福島まで、福島から南相馬まで臨時バス(予約不要)が出ていました。
週末で1泊2日の予定でしたが天候や状況が不明で
どうなるか分からなかったので宿は予約しませんでした。
(※現地で迷惑かけないためにも出来れば宿泊手段は事前に手配しておいたほうがよいかもです)

【出発】
装備は以下の通り
長袖、長ズボン、帽子、ゴムコーティングされた軍手(?)、タオル。いざというときの行動食
その他宿泊に必要な一般的なもの
靴は悪環境でも行動しやすいように軽登山靴にしました。
(※作業によってはゴム長靴が良いようですが、現地で借りることも可能でした)

【福島着】
福島には早朝5時過ぎに着。
駅前のコンビニで朝食、昼食、飲み物などを調達し、臨時バスの始発(6:30)で南相馬に向かいます。

【南相馬着】
途中寝ていてあまり外を見ていなかったからかもしれませんが
道中ではそれほど震災の被害を感じることはありませんでした。
バスが南相馬市役所あたりに着いたときも町並みは至って普通だったですが
自衛隊が走っているのを見て、やはりここでは大変なことが起こったのだ。。。
と漠然とした恐怖や不安のようなものに襲われました。

【中町地区ボランティアセンター】
南相馬には鹿島地区と中町地区の2つにボランティアセンターがありますが
この日は中町地区へ向かいました。

ボランティアセンターではまず初回の登録を行い、ボランティア保険に入ります。
(本当は500円/1年間有効なのですがここでは行政(?)が負担してくれるとのことでした。)
初回の人には簡単なオリエンテーリングがあり、
その後、作業の割り振りがおこなわれます。(割り振り方法は場所によって異なるみたいです)
ここでは作業内容が壁に張り出されて、希望する作業のところに自分の名前を書いたポストイットを張り
あとで人数調整をするという方法でした。

この日はやろうと思っていたガレキの撤去のような体力を使う作業があまりなかったのですが
非難区域ぎりぎりのところで行う作業に「連日の作業禁止!」という張り紙があり
希望する人が少なかったのでそこにしときましたw

全員の作業が決まると各作業毎にリーダーを決めます。
リーダーは大体ボランティアのベテランの方がいらっしゃって、その方がやられているようでした。
簡単にメンバー内で挨拶をした後に現場に向かいますが、移動手段は送迎ではなく個人の車なんですね。
自分は福島県内からいらっしゃったご夫婦に乗せてもらいました。

【写真の洗浄作業】
作業場所は南相馬の馬事公苑
道路の先には非難区域の検問が見えるような場所にあります。
作業は津波で流され汚れた写真を洗浄しアルバムに整えたりすることでした。
リーダーから簡単に手順を説明されたら早速作業開始。
ウェットティッシュで表面をふき取るのですが
あまり強く擦ると写真のプリント自体が剥げてしまうので優しくふき取ることを心がけます。
拭き取りが終わったものは一度干して乾燥させてからアルバムに整理するのですが
その際に、持ち主が気づやすそうな写真を選びアルバムの表裏に貼っておきます。(なるほど!)
地味な作業で、なかなか数もこなせないのですが、
一枚一枚持ち主のご無事と、この写真が手元に戻ることを願いながら
コツコツと作業しました。
ちなみに自分は結構こういう淡々として地味な仕事は好きなほうで
こなしていくうちにだんだん上手になっていくことを楽しんで作業できる性分ですw
途中、展示された写真を探しに来られた被災者の方が
作業場の方に立ち寄って感謝の声をかけて頂けたりして
少しでもお役に立てているかもしれないと実感できて嬉しくなりました。

比較的休憩を多くとりながらの作業で、
時間も10時すぎから開始して3時ぐらいで終わってしまったため
もっと作業できたのになーとも思ったのですが
ボランティアはいろんな方(老若男女、体力ある方ない方、始めての方、経験者..etc)
が集まって作業をしていることを考えると、
この程度に留めておくことが大事なのかなと思いました。

【福島のご夫婦】
この日の宿は決めていなかったのですが
一緒に作業をした方が泊まっていた旅館をご紹介いただき、
現地に幾分かのお金を落とせるとも思い、相馬にある栄荘というところにしました。
紹介して頂いたご夫婦はその日でお帰りになるということだったのですが
宿までかなり距離があったので車で送って頂くことになり道中では色々お話をさせて頂きました。
そのご夫婦も福島在住で被災されている方で
家は山のほうだったので津波は大丈夫だったが
被災直後は水が無く(水道は止まり、清水も地震の影響で出なくなったとか)
当然家の中はぐちゃぐちゃだったそうです。
近所の山では原発の影響で誰も山菜を採りに来なくなったのですが
おかげで自分たちが山菜が取り放題食べ放題だったとかw
家は落ち着いたのでこっちにボランティアに来たとか
タフで落ち着いた素敵なご夫婦でした。

【松川浦】
旅館のある相馬までの道のりでは津波の被害を目の当たりにしただただ言葉を失うだけでした。
テレビで散々見た光景ではありましたが、田んぼに散乱する船やガレキ。
言われなければなにがあったか分からないくらい何も無くなってしまった港の住宅地。
自然から見れば人間の営みはそこらにある石ころの存在となんら変わらず
ただただその力にさらされるだけで、その結果がこれだと。
しかし石ころは流されるままかもしれないけれど人間は違う。
何度でも立ち上がり、また新たな営みを作りだすことが出来るはず。
それはとてもとても大変なことだけど、少しでもその力になれれば。。。
それが今回の目的なんだと再認識しました。

宿泊する栄荘という旅館は津波の被害にあった港にあるものの
高台にあったため大丈夫だったようで、
いまは復興作業の関係者で結構な宿泊客がいらっしゃいました。
被災地のど真ん中でも通常に近い営業をしているのがなんだか嬉しかったです。
チェックインを済ますと、この日のボランティア作業はそれほどでもなかったのに
気が張っていたのか疲れがどっと出てきて、夕飯前にうとうと。
夕飯を食べて、お風呂に入ったあとは
窓辺で月明かりに照らされた松川浦を眺めながらビールを飲み
ここは被災地なのにあたかも普通の旅先での夜のような
そんな不思議な感覚にとらわれつつ床につきました。


【朝】
2日目の朝、ふかふかのお布団で気持ちのいい朝を迎える。
といきたかったのですが、早朝の余震で目が覚めました。
ミシミシッ!グラグラっ!寝ぼけた頭でここが港であることを思い出し津波が頭をよぎります。
程なくして落ち着いてネットで確認、震度4、津波の心配はなし。
ここではこれが日常なんだろうな。。。

【鹿島地区ボランティアセンター】
この日はネットで調べてみると真野小学校での撤去作業があるとのことだったので
前日とは違う鹿島地区のボランティアセンターに向かいました。
このボランティアセンターには里親を探している猫がウロウロ。
のどを撫でてあげると気持ち良さそうな顔をしたり、
前足の手をグーパーしたりでかわいすぎ!!
自分に猫を飼う余裕があれば連れて帰りたかったです。。。

【真野小学校】
小学校での作業には100人ぐらいの方々があつまり、いくつかのチームに分かれました。
自分は裏庭のようなところにある津波で流れてきたヘドロを除去する作業でした。
裏庭は一見普通なのですが、スコップで地面を掘り起こすと10cmぐらいのヘドロの層が。
角スコップをヘドロと元々の地面のとの間に滑り込ませると、
掘るというより剥がす感じでヘドロを持ち上げることができます。
それをねこぐるま(名前初めて知りましたw)に載せて一箇所に集めます。
あとはこの繰り返し。前日の写真洗浄とはうって変わって体力勝負。
ヘドロは普通の土よりも水分を含んでるのでかなり大変でした。
しかもこんな日に限って日差しが強烈。汗ドッバーですよw
マメに水分補給しながら、休憩を取り、剥がして、運んでの繰り返し。。。
ただみんなであーだこーだ、こーしたら効率いいんじゃねーとか話ながら作業するのは楽しい。
なんかこの空気感どっかで感じたことあるなーっておもったら
高校時代にやってたなんでも屋のバイトでした。なるほどね。

【作業終了】
そんな感じで2日目の作業も終了。
この小学校でのボランティア作業はこの日で終了だったこともあり
最後は全員集まって小学校の校長先生から感謝の言葉を頂きました。
この春の卒業生は震災の影響で卒業式ができていないそうです。
ほかの場所で行うことも考えたそうですが、やはりこの小学校で卒業したい。
そういう気持ちの中、震災直後のひどい有様からこのような状態まで回復して頂いて
この感謝の気持ちを表す言葉が見つからない。
あとは職員、児童、父兄で最後の片づけをし、必ず卒業式を執り行いますとのこと。。。

そんな話聞いたら涙目。。。です。
まだまだ被災の爪あとは残っていますが、1日でも早く、
出来るだけ前と同じように学校生活が送れることを願うばかりです。


【帰路】
これで2日間のボランティア活動は終了。
帰りは小学校の作業で一緒になった方に車で二本松まで送って頂き
(ありがとうございます!&他人に甘えてばかりですみません、、、)
電車&新幹線で帰りました。
送ってくださった方は福生の方で、東京まで乗っけてもいいよと言って頂けましたが
さすがにそれは甘えすぎなので遠慮させてもらいました。
実は一刻も早くビールが飲みたかったのでというのは内緒です。

現地に行って甚大なる被害や緊迫した原発の状況を実感しました。
その中で自分に出来ることは微力ではありますが
みんなの力を合わせれば、少しずつ良くなっていくことを身をもって再認識できました。
また機会を作ってお手伝いしに行ければと思います。
ボランティアとはいっても特別なものでもなんでもなく
自分の中ではいつもの旅とか山登りとあまり変わりませんでしたからね。

投稿者 muraminex
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